昨日、上勇知からメールが来ました。

【うちの牛舎の前のも咲いたよ( 多分、二日前から咲いてた)】です。

 

     

 

「まだ、フキとクロッカスしか花は咲いてないけど。
白鳥が頻繁に頭上を翔び去り、夜はカエルの鳴き声が聞こえるようになりました。」です。

 

Gは返信してから、自分のクロッカスに「責任」を感じたようです。

何個の球根を植えたのかも忘れています。

どんな色の花が、どんな順に咲くのか記録してみることにしました、とさ。

 

 

 

釧路は10℃より気温が上がらず、Gは鼻水をすすっていました。

 

 

 

14株を確認しました。

写真の方が記録としてはイイんじゃないですか!。

 

 

 

「自画自賛」とお母さんに「指導」が入るかも。

『ワオワオワオ〜ン(知らないも〜ん)』

久ぶりの晴れ間に、クロッカスが咲きました。

その前に、ギボウシの芽にも注目ね!

 

      

 

昨秋、球根を植えて、Gは楽しみにしていました。

球根はもっと近くて良かったのかな?。

 

 

 

黄色が二株、白色もひとつ…水仙も伸びて来ました。

 

天気に誘われて、柳町公園に行って来ました。

 

 

 

雪はすっかり消えて、パークゴルフ場の芝も緑を増しています。

 

 

 

朝ドラ「半分、青い。」、お母さんもGも今回は見ています。

7:30から見て、「こころ旅」も続けてです。

 

 

 

松雪泰子が数年前、聴覚障害を持つ母親役のドラマを見ていたGです。

 

4月2日のブログに”物忘れ”のくだりを書きました。

<LANBADA>です。

今週の「半分、青い。」で流れています。

時代考証はどうなんでしょう?。Gは首を傾げています。


今朝、目が醒めると外がやけに明るい。

わ〜い雪、私は 🎶ルンルン散歩でした。

 

    

 

(また、写真がなぜか90度回転の不具合で済みません。)

 

岩手から野菜とジャム(紅丸)、蕗のとう味噌など、米も送られてきました。

 

    

 

”いぶりがっこ”も久しぶり、高菜・ほうれん草はやっぱりハウスだよね。ゴチソウサマ。

 

今年度、スタートの北海道立釧路芸術館企画展「八戸輝生写真展」に行ったGです。

「風に導かれて 僕は旅をする」との副題で、気球に乗って世界で撮影している作品の数々。

 

 

 

”アーティスト・トーク”で作品の解説がされて理解が深まって、楽しめたようです。

小型のバルーンも展示されていました。

 

 

 

<1839年にフランスで発表されたダゲールの写真術は、当時、肖像写真の全盛期になり、ナダール(1820〜1910)が第一の人気者だった。彼は1858年に軽気球で空中写真をとったが、ドオミエは「ナダール君は写真を芸術の高さに上昇させた」と、皮肉った石版画を発表している。そのくせドオミエの姿を撮影したナダールの写真が貴重な資料として今日残っているのだから面白い。他にナダールの撮影しの、ドラクロア、コロー、ボードレール、ゴチェなど、多くの芸術家の肖像が今に残っている。

ナダールはのちにパリ・コミューンの時、包囲されたパリの臨時政府の郵便業務を、自分の気球を使って、自費でやった。…>(「ドオミエ」の続き)

 

 

 

国内と世界20数ヶ国で冒険と撮影(昆虫なども)の仕事(作品)を見ることができました。

スイス、タイ、ブラジル、モンゴル、アラスカ、気球からの視点と人々との交歓もGOOD!

朝方、揺れで目覚めましたが起き上がることもなく。

我が家は「朝の散歩」に出かける前、『地震、分かってた?!』と、あっさりした会話でした。

メールでご心配いただいた皆さんありがとうございました。

余震にも気をつけま〜す。

 

気が向いて、”庭いじり”のG、「風邪なんか引かないで!」です。

 

 

 

屋外の空気を吸うことが大事なのだそうです。

ちょっと心配してあげました。

 

 

 

ウッドデッキから降りるのはスムーズでしたが、登るのは躊躇が長く、後ろ足が…際どくセーフでした。

『ウ〜ワン(言うな!)』

 

 

 

ヴェトナムからの便り。

<昨日ホイアン入り。
雲空の涼しいうちに車で1時間くらいのベトナム中部、ミーソン遺跡に行ってきました。
北爆で破壊されてかなりの遺跡が形をとどめていませんが修復もされつつあります。
爆弾の落ちた跡が不自然な窪みとしてあちこちでみられました。
バーミヤンの遺跡もそうですが紛争は人の命はもちろん取り返しの出来ない多くのものを奪ってしまう。
復興と復元は違いますねー。
通りすがりの街を見てもカンボジアよりは豊かさを感じました。
物売りに子どもたちの姿はありません。>

K子さんありがとう。

クメールの遺跡(カンボジア)に共通するものがありますね。


お裾分け?ご相伴?ともかくお母さんがT子さんS子さんからご馳走をいただいて来ました。

香り高い舞茸の天ぷら、肩ロースの唐揚げ、エビチリは手作りの細やかさが味にも風合いにも滲んでいます。

黒豆、紫キャベツの酢の物は定番ですが微妙に楽しみが異なります。

 

      

 

Gは”池田町町民還元ロゼ”の口を切りました。

Gは「太巻きは八当分が良かったんじゃない?!」とか思っていたみたいですが、お母さんには言いません。

いつものように美味しかったです。

『ワワワワ ワワン(ご馳走様)』

 

朱鷺くんに刺激されて、ちょっと勉強する気になったようです、Gは。

『古い本んでも読んでたら!』のお姉さんの「助言」もあって?偶然取り出した本が、これ。

 

        

 

随分久し振りぶりでしたが、オノレ・ヴィクトラン・ドーミエ(ドオミエ、DAUMIER1808/2/26〜1879/2/10)は殊の外面白かったようです。

 

<ドオミエの伝記を書くにあたって私は、彼の生きた時代を明らかにし、ドオミエの作品も行動も理解できるようにしたいと思った。…あたりまえだが、ドオミエの場合は特別明細な時代の動きを証明する必要がある。…>

すなわち、<ドオミエの生きた時代は、フランス革命が終わって、ナポレオンが第一帝政を作った時代に始まり、パリ・コミューンが終わって、第三共和制が確立した時代におよんでいる。

これは世界の歴史の中でも大変な時代だった。ナポレオン時代(1797〜1815)から復古王政(1815〜30)、7月王政(1830〜48)、第二共和制(1848〜51)、第二帝政(1851〜70)そして第三共和制(1871〜1940)。…

また歴史に登場するブルジョアジーが、そして彼らの関係した多くの事件が、いかに今日のわが国のブルジョワジーや国家の為政者の手口に似ているかを痛感した…(1979初版)> 

 

Gの「財産」の一つ、20年前に買った版画集です。

 

 

 

「宝の持ち腐れ」にしないで欲しいものです。

お母さんなんて『こんな物あったの?!』だって。

 

ドオミエの生きた時代は、今の「嘘つき(改竄/隠蔽/口裏合わせ)アベ政治」をも彷彿させるものがあります。ね!。