まだ少し先のようですが、Gは気にしているようです。
2010年の夏、「風吏のつぶやき」に「面長組合」と言うタイトルで米倉斉加年さんの話を書いています。<…1997年、彼は公演で稚内に来られました。「道化の口上」(50編の文と50葉の絵・1985年出版)は楽しく読める本です。…>
Gは古くからのファンなのです。1968年、映画『ドレイ工場』の頃からだって。
この秋、稚内公演があります。チラシです。

             

海流は世界をめぐる。
人間が地球上にいかなる線を引こうとも
国家をこえて海流は世界をめぐる。
芝居に国境はない。芝居は自由だ。
自由がいいーーそういう創造者・表現者のために<海流座>はある。

芝居のはじまりファースト・ステージは
師宇野重吉についての全国の旅公演からでした。
そして、いま、ラスト・ステージ人生の最終章を、仲間と共に私は全国の旅回りで…生きたいと思っておりますーー
舞台の完成は観客の目によって仕上がります。
いい芝居はいい観客が創り上げる。私は本当の観客を求めて旅に出るーー
いい芝居とは
観る人、創る人の生きる喜び、哀しみ、怒り、楽しみがーー
それぞれの人生がそれぞれの心の中に燃えるーー
これが現実で生きる力となる。
そんな舞台をもって旅に出るーー
みなさんとお目にかかれる日を心より願っております。

『二十二夜待ち』民話劇 木下順二 作、『父帰る』菊池寛 作 が演目です。
演目への演出米倉斉加年のコメントも好いのだそうです。

         

額にダイヤが、肩には天使の羽根の私です。

 今日、Tomoちゃんが出場するマラソンの応援に行きました。100kmは想像を超えた距離です。去年も完走しているTomoちゃんですが、私は身体が壊れないか心配です。

         

↑『応援に来たの?』『ワン』。   ↓ もうひと頑張りです。

        

『好きでなきゃ出来ないね!…好きなだけじゃ出来ないし、お金を貰っても出来ないね…どうして走れるの?…』とお母さん。『輝いてるって、あの姿態と表情をいうのです。』とG。
『嬉しい!ありがとう!』とG。

                          
          

↑『Tomoちゃんカッコイイです。』 ↓『それほどでもないよ〜』だって。

            
  

『疲れた〜』『…(頑張れとは言えない)…もうすぐ町並みが見えて来る…』『出来たら走るワ』『ウン』 <変な会話?>

          

「あの丘を越えれば、その先に?!ゴールがあります。」 

           

『ゴール!』デス。大きく長く続く拍手!『………(現認の喜び&感謝)』





 「民族的な大移動」だそうです。私たちも参加してしまいました。
稚内→恵庭→釧路→稚内で1000km走りました。
高速「道東道」にあったドッグラン。誰もいませんでした。

  
             

釧路はもう何回も行ってます。Gの散策に付き合うのも「腹の足しにはならない」のです。
紫雲台を望む千代の浦、港が出来て驚き。

  

           
 
霧に霞む釧路岬。<十六歳 濃霧 撫子 釧路岬>
 
   

↑この先は断崖です。霧で海が見えますん。↓干場の野花。

    

こんな霧は初めてでした。春採湖の対岸も見えません。

           


  

          

釧路川も幣舞橋も停泊する船も濡れて…

       

私が麦畑で「用を足して」、お母さんが後始末をしていたら、農家のおじさんが車で駆けて来て『何してるんだ!畑が土足の細菌で汚染されたらどうする!』とお怒りの言葉。お母さんもGも何回も頭を下げていました。

            

帰りの津別で見たヒマワリ畑。

私の体重は11・◯kgになっています。◯にどんな数字が入っても「メタボ」と言われます。お姉さんに知られたら大変なことになります。今日からオヤツを減らします。


 Gが久しぶりの稚内公園です。百年記念塔下の「稚内北方植物園」作業小屋に集合。
多機能型指定就労支援事業所「ノース工房」の仲間と焼き肉で舌鼓を楽しみました。

        
稚内にしては「晴天微風」でした。

  

         
 ↑ 高山植物には可憐な逞しさがあります。 ↓ すまさなくてもイイのよ!』 
      

 @事情があって、明日から釧路にお出かけですって。

 私はお母さんと「やったぁ!」とか「残念でした」とか色々な体験が出来たのですが、写真がないので…説明もなんか…ねぇ勘弁して下さい。

  妹背牛で「お墓参り」、私は初めて行きました。

   
  深川のレストラン(マザーズ・カントリー)で。

Gはホテルでびっちり「学習」だって、『もう勉強は止めたら』とお母さん。

 
利尻富士が「お帰りなさい」と迎えてくれました。