秋の色づきに目を奪われます。これは美深の道の駅界隈の風景です。
勿論、道の駅では「鳥から揚げ」と「イカ天かま」をゲット!

  

久しぶりに旭川の「MOKERA MOKERA」に行きました。<齋藤徹ベースソロ>です。

   BASSです。

私は隣の部屋で静かに聞いていました。<ことば・からだ・音>という企画だそうです。
   ご馳走が出た。

  ITAYANは新制作で受賞だって。
お母さんも美味しいものが食べられて「ソロ・ライブ」に満足。私は体重オーバーでカード(レッドに限りなく近いイエロー)警告を受けました。
福祉=幸福で、自由と民主主義が熟成してカタチヅクラレルもの。障害(disability)の軽減・克服はそれに添い、「石原・橋下・安倍」の方向性とは全く相容れない。がGの感想。

訓練用の 金具の着いた装具は去年の12月に出来ました。プラスチックの装具<オルトップ>と一緒に「風吏のつぶやき」で紹介しました。今年10月に新しい装具が出来上がって、早速Gは履いて歩いています。左の靴底を5mm低くしたようです。

  
バンドの色を変えたのはどうですかねぇ?
爪先が空いていないので履き難そうです。でも、冬の外出にはこちらが良いようです。

  夜になると、こうして寛いでいます。
もっと、のびのびして横たわり「リラックスはイイけどチョットねえ〜」と言われます。
 Gが『「風ちゃんの姿を見てないヨ!淋しいなぁ。」と言ってる人がいる。』とカメラを持って散歩に着いて来ました。私は遅れ気味のGを気にして何度も振り返って歩きました。

   太った? 
 「お願いします」は上手に出来ます。

…吉行淳之介はあまり言葉数が多くなかったという。『ただ、それらの言葉の多くは複数の意味でひびき合うため、発語のない時間にも私は氏の言葉を聞き、心の運動を促されていた』
…作品批評においても、『妥協のできない己れを強く持ち、はげしい好みもありながら決して偏狭にも居丈高にもならず、平衡感覚をもって』文学を判断できる数少ない作家の一人だったと竹西さんは書いている。…

   秋です。

『無知による過度の恐怖も、同じく無知による楽観もよしとはされぬ。としても、恐れるべきことをそれとして恐れない理性に冷静な対応は難しい。重い思考や深い考察がとかく敬遠されて経済優先の便利安直に追い風が吹き続けた長いと年月を振り返る時、専門家育成ならぬ、国民の基礎教養のための教育の必要が切実に思われる。迂遠を承知でそう思う。』
随筆集「一瞬の到来」<広島から広島へ>(2011/6)の一節 竹西寛子
 すっかりご無沙汰しましたね。
Gが忙しくて、私もつい「明日にしよう」が今日までになりました。
残された時間を考えるべき [ 秋 ] です。

  夕暮れに利尻富士のシルエット

Gが「境界性パーソナル障害」の学習資料を用意していました。(コンビニでのコピーに時間がかかって、『…言えば手伝ってやったのに』とお母さん。『…』のG。)
「十人十色」、「十把一絡げ」のレッテル貼りは慎むべきです。障害は「千差万別」、そのニーズは「千差万別」×2じゃなく「二乗」とGが言ってます。(表記が出来ないらしい)
ところで、「境界性パーソナル障害」で苦しんでいる人(自覚症状の有る無しを問わず)がいます。その人との関係で苦しんでいる人(子どもを含む)がいます。
「境界性パーソナル障害」の<対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の様式>を持っていても、障害(自傷、他害)になっていない人もいます。
「十人十色」を理解しつつ、支援を必要としている人への理解と支援も充実したいものです。どんな困難な事でも背を向けては改善を期待することは出来ません。がGの姿勢。

   『お月さんの写真を撮るのっては難しい!』ってG。『ワォ〜ンワンワン(やってみて分るんですよ!)』 


 Gが「一人旅」から無事帰宅しました。
『ワオ〜ンワン(お疲れさん)』と言ってペロペロしてやりました。

  
稚内を離れて、幌延をすぎて…天候が悪化したのでこれから先は画像がありません。
で、深川に到着。M夫妻と合流してコンサートを楽しみました。
聞くというより、見る・触れるといった感覚で満たされたようです。

   「板倉」に泊まり。
舘野泉ご夫妻も同宿で、朝食のレストランで言葉を交わした事を嬉しそうに呟くG。
帰路は『ゆっくりね!』と言うお姉さん・お母さんの忠告を守って「寄り道」です。
Gは妹背牛で生まれました。

   曾祖父(五井伊次郎)の開拓記念碑と祖父(五井耕介)の功労碑を見て、高速留萌道に乗りました。

   

おなじみの「小平」「苫前」「羽幌」のマスコットでシャッター!

  

天売・焼尻を左手に見て、やがて利尻・礼文を望んで帰って来たのです。だって。