Gが比較的よく視聴しているTV番組にNHK「日曜美術館」があります。
今日の「アートシーン」で井上直が短時間放映されました。<2001「千の種族」>
 
       
 
「…悲しみは一人ひとりのものです。誰とも同じものでない、私一人のものです。…」
 
        
 
<2011「海の記憶 A 」>
「ものを生み出すことは、その責任を負うことでもありますね。今度の展覧会に参加したことで、私たちが過去の津波の痕跡が沢山残る地層の上に住んでいることを学びました。戦後60年を経過し、『言葉と想像力』が破壊され続けてきたとしても、私たちはやはりその上に積み重ねるしかなく、詩人や絵描きが負う責任は大きいと思います。」
『こういう絵が好きだった?』と聞いたら、『う〜ん、姿勢がチョット好いかな』。
『「白衣」が好きなのかな?』と呟いたら、『彼女(井上直)の「白衣」との出会いは、中々興味深いものだよ…』だって。

 天気予報が当たって、10時間以上休み無く風速20〜30m/sの吹雪がつづいています。明日までもつづくのかな?Gのデイサービスもお休みです。
何とまたまたストーブの火が赤い炎になって、お母さんが吸排気口の雪氷を掻き出しに行ってます。1時間もするとまた不完全燃焼が始まり、吹雪の中を出かけて行きます。
お隣も同様で、『24度以上で燃やせば吸排気口の詰りは改善するヨ』との助言を聞くことにしました。
 
        
 
午前中、お母さんは除雪に行きましたが意味をなしません。
午後から散歩に行きました。「雪化粧」ってこんなもの、なの。
 
   
 
歌 
      中野重治
おまえは歌うな
おまえは赤ままの花やとんぼの羽根を歌うな
風のささやきや女の髪の匂いを歌うな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべてのものうげなものを撥(はじ)き去れ
すべての風情を擯斥(ひんせき)せよ
もつぱら正直のところを
腹の足しになるところを
胸さきを突きあげてくるぎりぎりのところを歌え
たたかれることによつて弾ねかえる歌を
恥辱(ちじょく)の底から勇気を汲みくる歌を
それらの歌々を
咽喉(のど)をふくらまして厳しい韻律(いんりつ)に歌いあげよ
それらの歌々を
行く行く人びとの胸郭(きょうかく)にたたきこめ
                       
                       <「驢馬(ろば)」>
吹雪を見つめていて思い出しているんだって。
でも、余所の人に勧めるつもりは毛頭ないって言ってます。
『ワオ〜ンワンワン(ちょっと変じゃない)』
 釧路のお祖母さん所にお母さん、私はエルさん家、Gは「お一人さん」でした。
それぞれ色々あったんですよ。特に私はエルさんや蘭ちゃんに意地悪なんかしちゃって、「図々しくて呆れられる」子になっていました。
『躾が行き届かなくて済みません』とGが謝罪していました。「図々しくて呆れられる男」だったGのお詫びです。子を持つ親の心境、「出来の悪い子ほど可愛いもの」という心境なのか?
 
         
 
『順番なんて、本当の人間の価値とはなんの関係もない』(岡本太郎)
「首相の施政方針演説」にGが呆れています。
「強い日本」とは「強い米国」と競い合う事ですか。
「世界で一番…」、何て不見識なことばでしょう。
[…「世界一安心な国」、「世界一安全な国、日本」を創り上げます。] 学ぶとは問い続ける事ですが、問いが無いということは誠実が無いに等しい。
[…それは、働く意欲のある人たちに仕事を創り、頑張る人たちの手取りを増やすために他なりません。…] これは、「…少なくない人々に廃人を迫り、自死を強いる」と意味することばです。日本のことばを破壊している大罪もあります。
憲法99条(憲法擁護義務)など「どこ吹く風」といった物言いだ。とGは不機嫌です。
 これは、旭川に住む若い人形作家の作品です。左がTOKIの、右の赤い顔がSUZAKUの誕生日プレゼントでした。我家にも届きました。(名前はまだ決まっていません。)
私は見るなり飛びついて齧りました。『風吏だめ!』『風ちゃんこれは齧っちゃいけますん。』
その後は2回しか銜えていません。
 
    
 
<あなたは、女性が男の人に車椅子を押してもらうことに強いためらいを感じると書いておられます。それは男にとっても同じであって、かよわい女性に車椅子で運んでもらうことは、たまらなく恥ずかしい、してはならないことのように感じられ、その罪悪感はいつになっても消えません。>
<…私も不自由をおして、展覧会や劇場へ行くようにしています。お能はもちろん、バレエの公演やコンサートにも出かけます。会場係に多少の迷惑をかけることになるのですが、できるだけ積極的に出かけることにしています。それは体が不自由になっても、人間としての喜びを失わないようにするためです。引っ込んでいた方が楽なので、どうしても出不精になってしまいます。しゃべれないので妻の付き添いが必要ですが、これは妻とのいいコミュニケーションの機会になります。…>『いのちの対話「露の身ながら」柳澤桂子&多田富雄 往復書簡』多田富雄より

 お母さんが釧路に行く朝、お友だちの「風太(プータ)」君が寄ってくれました。
即ち、Gがショートステイに行く朝、私がエルちゃん家に「二泊三日」のお泊まり保育に行く日です。(お母さんの千歳→稚内便が欠航だって!帰ってこれないの?)
 
  
 
「ら・ぷらーさ」に稚内サハリン館で公演しているロシアアンサンブル「ルースキー・テーレム」が慰問(見舞って慰めること)にきました。
 
  
        
ワレーリァ・R(上の右端)のアルトが好かった。アンドレィの楽器は鍵盤が無い左右にボタンが並んだアコーデオンのような「民族楽器?」で、衣装の配色が気に入った。だって。
 
           
         
歌手とハグとキスを繰り返していた女性の利用者がいました。皆さんの喜びを代弁しているようで清々しく思いました。『お母さんのようです』と答えた歌手の笑顔も印象的でした。
<…先生も書くということの不思議を強く感じられたと存じます。
私も次第に動けなくなり、たいせつにしてきたマウスの研究もやめなければならなかったときに、書くということがどれだけ私を救ってくれたかしれません。私は先生のように有名ではなかったので、書いた原稿が本として出版されるかどうかはまったくわかりませんでした。それでも、書いて書いて。書くことが生きることだったのです。…>
<…私は、以前は、本をたくさん読みましたが、この頃は読む速度が落ちたような気が致します。以前は、バックグラウンドミュージックをかけながら、仕事ができましたが、今は気になってできません。仕事は仕事だけ、音楽を聞く時は何もしないで音楽だけに聴き入ります。
先日、頭のMRI(核磁気共鳴装置)の像を撮りましたら、脳のあちこちに血液のいっていないところがあり、多発性脳梗塞といわれました。特に驚くことはない、年相応なのだともいわれました。記憶が鈍ったりするのも、当たり前なのですね。…>
『いもちの対話「露の身ながら」多田富雄&柳澤桂子 往復書簡』 柳澤桂子より