<(略)…イギリスの青年たちが”怒った若者”の運動をおこしたように日本でも江藤淳、大江健三郎などが昨年の警職法反対運動を契機に”若い日本の会”を作った。

こうした動きが政治運動ではないにしても、多分に政治支配を、もう一度自分たちの手にとりもどそうという意欲にもえているのと同じ意味で、川瀬さんのテーマが政治への眼をもっていることは、彼が切実に自分の生命を絵画の中にみつめようとしていることの証左であると言える。

こうしたことをふんまえた上で彼の芸術は成り立っている。だからそのモチーフの燃焼は抽象という技法をかりて人々に訴えようとしているのである。(略)市民展でも受賞作品を発表、後進の指導に熱心な萩原勇雄さん(独立)も「まったく新しい才能が生まれたといった感じだ。彼の絵が北国の風土性を底辺として、ことしは大きく飛躍することは疑いない。地元のホープといっていい」と推している。(略)>【昭和34(1959)年1月21日釧路新聞「今年のタレント」】

60年前の新聞記事を読んでいるGです。

 

      

 

ほぼ30枚の作品に仮縁をつけました。

木枠から外して、丸めたキャンバスもありました。

 

 

 

常田 健(「津軽のゴーギャン」浪岡に美術館)は「絵を描くのは仕事、林檎づくりは生活」と言っていた。

「W氏は仕事をしてくれているのだ!」そうです。

 

 

 

懐かしい作品もあります。「縁をつけると忘れ難い絵が息を吹き返すようだ!」、だって。

 

      

 

Gは手伝いになっているのかな?。お邪魔虫ではないのですか。

 

      

 

W氏も疲れて来ているようです。

『Wさん、いい加減にしておきなさいよ!』とお母さん。

『ワオ〜ン(同感!)』

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