「青について載せたので、赤についても触れたい」とGが言っています。

余程『絵のまよい道』(安野光雅)に御執心の様子です。

 

「どくとるマンボウ昆虫記/航海記/青春期」はともかく、本家本元を読了していないGですが…。

「漂泊者の夜の歌」の章、「フアーブルの昆虫記」(セリニヤン)。

<…フアーブルは『昆虫記』で有名だが、植物の著書もあり、セリニャンの研究所、つまり今の博物館には手入れのいきとどいた植物園がある。

わたしは昔、ここの植物園で「あかね」を初めて見たのだった。

あかねは漢字で「茜」と書き、「山小屋のともしび」という歌の「暮れ行くは白馬か、穂高は茜よ」とうたうあの茜で、夕日のしずむ西空のような色をした根の赤い植物だから、茜という字ができたに違いなく、だとすれば、なんと粋なはからいなんだろうと思う。>

 

 

 

<(アリザリン)そのアカネからは染料が採れたが、顔料もできるようになった。絵の具の名前では、ローズマダー、ローズドレー、ピンクマダーなどがある。

『絵具の事典』(ホルベイン工業技術部編、中央公論美術出版)のなかに次のような記述がある。

「色名は茜(Madder)の根より採った赤い色の意味。茜より採取される色素はアリザリンで、明礬(みょうばん)と塩化錫(すず)で不溶化されマダーレーキと呼ばれる。この顔料の中で赤いバラ色のものをローズマダーと呼んでいる。

しかし、この古典顔料の使用は一部メーカーにしかなく、殆どのところはアリザリン系の顔料により絵具をつくっている。ホルベインでは縮合アゾ系顔料を用いているが、これはブリード(泣き)を避けたいがための処置である。ピンクマダーと同じ透明性の保持は体質顔料である。絵具は軽く、滑らかである。」(ウィンザー・ニュートン)略>

 

 

 

<(あかね)有名な『フアーブル昆虫記』(岩波文庫)の第十巻の「応用化学」の章にこうある。「アヴィニョンの大きな工業はあかね工業だった。あかねは耕作地から工場に供給され、そこでもっと純粋な、もっと濃厚な製品に変えられる。私の先任者はそれに顔を突っ込んでうまくやったという評判だ。一つその真似をして、私も受け継いだ高価な道具と鍋と炉とを利用しよう。で、仕事始め!ということになった。」(略)>

「とうとう満足な答えを手に入れた。私は実際的で、金もかからない方法で、純粋な染色剤を抽出した。これは小さな量に濃縮され、染色にも印刷にも素晴らしいものだ」となり、パリに出てレジョン・ドヌール勲章と1200フランの賞金も受けた。が、…(年表)略

 

      

 

<(「我ら働かんかな」」)田舎に帰ったファーブルを待っていたのは、成功の希望などではなかった。ファーブルは書いている。「…化学はあかねの染料物質を人工的に作り出すことに成功したのだ。…私の地方の農業と工業とは、徹底的に破壊された。(中略)

万事は休した。私の希望は完全に打ち砕かれた。さて、今度は何をしたものか。梃子をかえて、そしてシシフォスの石をいま一度転がし直すことにしよう。あかねの大桶が私に拒むものを、インク壺から取り出すよう努めよう」「我ら働かんかな」

これはあの『昆虫記』の終章の言葉なのだが、ファーブルが、もう一度働かんかなと思い、インク壺から取り出したものは、あの大作『フアーブル昆虫記』なのだった。>

 

       

 

『ワワワ ワワワン ワワ(我ら働かんかな)』

 

tomoちゃんからのお土産が届きました。

 

 

 

色々味のチョコはカプリ島。

ダビデのカレンダーとボッチィチェリの<春(プリマベーラ)>マグネットはウフィツィ美術館。

 

 

 

『ミケランジェロのダビデを見ると、背筋が伸びる。老害を恥じ入る。』とG。

 

      

 

稚内の小鹿菓子司の”雛あられ”も届きました。

私も大好物なんです。「やめられない、とまらない」です。

 

 

 

『ワワ ワァ〜ワワン(ごちそうさま)』

 

 


近所の喫茶店でお面とドローイングの作品展がありました。

TV観戦より外出を選んだGでした。

 

 

 

以前にもこの作品展がありましたが、今日は作家のKさんにも会えたようです。

 

 

 

お面に興味のあるGは、抽象的なドローイングも楽しめたようです。

Kさんとは地元の作家や大学の教員・学生の動向、ロスコのカレンダーの話題、グッケンハイム(ベネチア)のポロックの安らぎ等、とめどもなく懇談できたようなGです。

 

 

 

「手作り靴下」の展示販売もあったって。

『ワワワワ ワン(お土産は?)』

済みません。お付き合いくださいますか。

パスなすって結構です。

 

<アンドリュー・ワイエス>

「アルヴァロ・とクリスティーナの家」です。

 

     

 

画像によって色味が違うので敢えて2枚載せます、って。

 

     

 

説明的ですが、クリスティーヌと弟アルヴァロの家の画像も。

 

 

 

 

 

<アントニ・タピエス>

「Gran llit porta」です。

 

       

 

作品と画集とアトリエのタオピエスです。

 

   

 

 

 

『ワ オ〜ン(ありがとうございました)』

多忙でも、次々に忘れていくので ” 多忙感 ” は無いみたいです。

喜ぶべきか悲しむべきか…分からない、そうです。

 

Gはこの手の映像がお気に入りです。

これは頸動脈のエコー検査の画像です。(若い検査技師のお姉さんが許可!)

 

 

 

港文館に地元の作家が作品展をやっていたので覗いたGですが、『頑張ってください。』と言って失礼しました。

天気が良くて、河岸で風に当たりました。

 

 

 

啄木はイイ、のだそうです。

<こほりたるインクの罎を 火に翳し 涙ながれぬともしびの下>

<東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる>

<啄木かるた?>こんなものがありました。

 

 

 

【絵のまよい道】(安野光雅)を大変楽しく読んでいるGです。(イイんじゃ無い)

「倉敷のセルリアンブルー」の章を全部コピーしたい衝動もあるようですが、それは認められません。

ので、

<(わかってもらえないかもしれないが、あの頃のことを思うと、わたしはわけもなく涙が出てくるよ)

…わたしはさんざん眺めたあと、セルリアンブルーを一つ買った。まだ、好きな色はたくさんあったが、ポケットには帰りの切符代しかなかった。

セルリアンブルーは、曇天の雲が薄れて、遠くかすかにのぞく空の色だ。ここできざな言い方を加えると、なんとそれは少年の希望の色だ。コバルトブルーとは少しちがう。他の色を混ぜることではどうしても出てこない。この色を使って空を描いたときの嬉しさも覚えているが、その頃どんなに惜しみ惜しみ使ったかわかってもらえるだろうか。

同じ色は今もわたしの絵の具箱の中にある。そして、この色の名を呼ぶとき、心の中で「ああ、セルリアンブルー!」とわたしは感嘆詞をつけて呼ぶのだ。>

<アンドリュー・ワイエスの「アルヴァロとクリスティーヌの家」の作品にある扉はセルリアンブルーのペンキが塗ってあった。…>

<アントニ・タピエスの美術館で見た「Gran llit porta」という作品はもうわけがわからない。…

思いがつのれば、それは病院の裏とも言えようし、冷蔵庫の廃棄物とも言える気がするが、本当はただの白い石膏の肌ざわりに影のようなスペースがあり、その影が灰色の混ざったセルリアンブルーの色調なのである。…

ブルーと白だけで絵ができるのか?できるとも、日本の水墨画は墨一色だ。それを一色というなら、タピエスのそれは、セルリアンブルー的灰色一色と言ってもいい。…>

 

『ワオワワン(そうなの?)』