Gのことですので、私もお母さんも「好きにして!」な訳です。

 

      

 

釧路民間教育研究団体の集会に行ったGです。

『アンタなんか、みんな迷惑してるのヨ!』とお母さん。

『枯れ木も山の賑わいだから…』とGです。

 

<…パソコンが普及し、ネット書店の登場のお陰で、私はやっと『崑崙の玉』を手に入れることができた。

 持ち主がネットで売りに出していた古書だが、大切に保管されていたらしく、ほとんど汚れはなく、函に歪みもなく、布装のそれは、書物とはかくも品格のあるものだと語りかけてきていた。…>(前掲のの続き)

 

オークションで入手しました。ネットオークションは老人には警戒すべきものとの忠告もあり、逡巡してしたGですが、お姉さんのお力で無事安価(15,000円の60%off)で購入できました。

 

 

 

アントニ・クラーベの画集です。(袋から開けるのもドキドキのG!)

 

 

 

この画家を知ったのは、高橋英生さんからのこんな会話が契機です。

『英生は好きな画家というか、影響を受けた作家は誰ですか?』

しばらく思案して『…クラーベだな、アントニ・クラーベ、パリで知った画家です。』と応えられました。

Gは初めて聞く画家でしたから、ネットで検索し何点かの作品の画像を見つけました。

バルセロナの現代美術館に作品があるという情報でその美術館を訪ねました。

そこでは作品を見ることが出来ませんでした。(理由は省略ね!)

その代わりにアントニ・タピエスの美術館で大きな収穫がありました。

翌年、山梨の<光の美術館>でクラーベの作品に接することが出来ました。

 

タピエスの画集(表紙に赤の面)を初めて見たのも” あとりえ華 ”でのことでした。(それは昨夏の形見分けでいただきました。)

「感激」を知ったN子さんたちが餞別にプレゼントしてくれたのがもう一つのタピエス画集(黒い表紙)です。

 

 

 

Gはクラーベの画集を探していました。(ネットにはなんでもありますネ!)

 

 

 

初期の作品です。スペイン内戦、共和国側にたち1939年フランス亡命。

(1913/4/5〜2005/9/1)バルセロナ生まれ。

 

 

 

第2次世界大戦終了後、活発な活動が展開されます。

 

 

 

赤もいいけれど青もいい、白も黒もいい!

 

 

 

ピカソとも仲良しネ!当然。

 

 

 

アトリエもいいね。

 

 

 

日本にも関心があったね。

 

 

 

フランス語なので読めないのが致命的です。

423ページの本ですから画像の紹介はほんの一部です。(Gは不服です。)

 

 

 


<子どもの作品に目を向け肯定的評価を持てる>ということは大人の品格に関する大事な要件です。

「親バカ」「爺婆バカ」は違うかも?!

 

 

 

<さっーかのぷろになりたい すざく> 絵馬に書いた願い事です。

< 金魚     坂井とき

 金魚をかってるよ

 オレンジ色だね

 水の中をすーいすい

 

 赤色もいるね

 いろんなしゅるいがいるね

 かわいいよ >    初めての詩?!だって。

 

 

 

Gは宮本輝を読むのは、発症後初めてじゃぁないですか?。

なぜか、お母さんが買ってきた。

<…そして、広告業界では、人のうしろ姿を使うのは一種のタブーなのだと教えてくれた。うしろ姿というものは、どのような使い方をしても寂しいのだ、と。

 私はなるほどと思い、うしろ姿にはどうしても「去って行く」という印象が付きまとうのであろうと納得した。しかし、いつのころからか、私は人のうしろ姿に惹かれるようになった。誰かを思い出すとき、私は決まってその人のうしろ姿を心に甦らせることから始める。>

 

それで、私のうしろ姿ですか?!。

 

<井上靖の西城物では『敦煌』や『楼蘭』の評価が高いが、私にとっては『崑崙の玉』が一番である。

 これさえ読めば。氏の西城物は読まなくてもいいと思うと、後年、私は酒の席で井上さんに言った。

 お叱りを受けるのを覚悟で言ったのだが、井上さんは優しく笑いながら、

「宮本さんがそう仰言るのだから、きっとそうなのでしょう」

 と四十近くの歳の離れた若造の無礼を許してくださった。

 『崑崙の玉』を読んでいると、長遠な歳月のなかの人間というものが見えてくる。鋭利な刃のような叙情は、井上靖以外には決して書けない世界だということもわかってくる。余人が真似て真似られない文章なのだ。>

 

Gは好きなんです、宮本輝が。

近々、また引っ張るつもりらしいですよ。

 


私の体調は一進一退です。

ショートステイに行ったGの体調はリハを頑張って漸次上昇だそうです。

 

 

 

利用者の書き初めがありました。

「人生は七転び八起き」ですね。

 

        

 

これはなかなかの達筆です。七転八倒ではありません。

介護スタッフも「七転び八転び」??Gは考え続けています。

 

       

 

Gの元上司が投稿していました。

<「仰げば尊し」は我が校の教育方針と相容れない。>と話された校長です。

「日の丸・君が代」論争の前に「仰げば尊し」論があった学校にGはいました。

 

       

 

Gが帰宅して、お母さんが ”ほっ” としています。

私も一応、 ”ほっ” としています。

一昨々日の深夜、4回もお母さんを起こし煩わせました。ご免なさい。

<下痢と嘔吐>で翌朝、私の嫌いな「動物病院」に行きました。

注射と点滴を打たれ、『…シャンプーのストレスですね。絶食して、明日は休診日だけれど来てください。』と言われました。

お母さんは『留守番させたのと重なったからだね。』とションボリ呟いていました。

 

 

 

日曜日なのに受診しました。

注射をまた2本、尚且つ『今日の夕方まで絶食して、この餌を2、3日続けてください。』と「消化ケア」と言う缶詰を処方?されました。

お母さんもGも茶の間では食事はしていませんでした。

『ワァ ワワン(絶食かな?)』

 

 

 

やっと食事が当たりました。

少し元気が出て来ました。

Gは急遽、ショートステイです。

 

 

荒れ模様の予報に反してまあまあの天気と道路状況で早めに帰宅したお二人でした。

私は ”お利口” に留守番をしていましたが、○○は減っていません。

 

 

 

冬の植物園、Gは<温室>が見てみたかったようです。

 

この研究会もそろそろ「引退」した方がいい、とみんな思っているようですがネ!

「特別な教科 道徳」が始まる年です。

Gは「若い人の参加が多かったのは嬉しいことだ」と言っております。

 

 

 

懐かしいホテルでK夫妻と食事をしながら昔話を楽しんだんだって。

 

        

 

お母さんは買い物、お友達とランチ。Gは研究会とK氏訪問。

Y夫妻の「退職記念の集い」では、懐かしい同僚・家族と交流したようです。

 

 

 

お帰りなさい、お土産は!?です。

 

 

 

去年はTちゃんから頂いた「ジョアン・ミロ」でしたが、今年は迷って迷って「マーク・ロスコ」にしたGです。

『ワワワ ワ〜ン ワワワン(カレンダーですよ)』