映画の封切りが12月8日というのも(安野の言う)センスでしょうか。

「開戦記念日」もジョン・レノンの命日も静かに過ぎて行きました。

新聞の映画批評に目を向けたGです。

 

      

 

 < 歴史的な法廷闘争の実話に基づく映画化は、今現在を考える上でタイムリーだ。邦題『否定と肯定』は、ナチスによるホロコーストは「なかった/あった」を争った裁判だとミスリードする危険性を孕む。原題は『否定』。明らかに虚偽のトンデモ説を同等に並べず、同じ証言台に立たせないことこそ本裁判における弁護団の戦術の核心である。声の大きな歴史修正主義者の言説がまことしやかに流布されるSNS時代、屈折した感情を抱き、捏造目的のある輩が吹っ掛ける議論の罠に如何に対応すべきか、この映画は教えてくれる。トンデモ説でも心から信じていれば言論の自由が適用される。ではどうやって修正主義者を論破したのか。劇場で確かめてほしい。 >だって。

 

         

 

原作も翻訳されているみたい。インタヴューも…。

 < インタビュールームにリップシュタットが入ると一瞬で空気が明るくなった。「通訳が間に入ると、私のユーモアがうまく発揮できないわ」と笑う歴史学者は、17年前、世界中が注目する世紀の裁判に出廷した。彼女は著書『ホロコーストの真実』の中で、イギリス人歴史学者D・アーヴィングを「ホロコースト否定論者であり、極右派である」と書き、名誉毀損で訴えられたのだ。裁判で勝つには、「ホロコーストは事実だ」と法廷で証明するしかない。かくして、ポーランドでもドイツでもなく、イギリスにおいて「ナチスによる大量虐殺はあったのか」を判断する裁判が行われることになる。

 その経緯を認(したた)めたのが本書『否定と肯定』である。ユダヤ人としての出自、弁護士選びでの逡巡、狂騒するマスコミ、著名映画監督からの金銭的援助のオファー、さらには法廷に立つアーヴィングが着たストライプのスーツ、ランチで弁護士が食べたまずいサンドウィッチの話まで。記述はこれでもかというほど詳細だ。

「解説するのではなく、一連のすべてを書いて、読者に判断して欲しかった」

 詳細な記述が臨場感をもたらし、情景が目に見えるようで、読物として面白い。

 近年、ホロコースト否定に限らず、「歴史修正」や「オルタナティブファクト(事実に対するもうひとつの事実)」を奉じる動きが世界中で見られるようになった。

 

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デボラ・E・リップシュタット【アメリカ生まれ。ジョージア州エモリー大学にて現代ユダヤ史、ホロコースト学を教える教授。主な著書に『ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ』(恒友出版、1995年)、『アイヒマン裁判』(原題:The Eichmann Trial、2011)がある。】

 

「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方があります。例えば、第二次世界大戦があったことは『事実』。そこで大量殺人は起きていないというのがホロコースト否定論者の『意見』。個人的な意見を持つことは自由ですが、事実と混同すると、それは『嘘』になるのです。昨今の歴史修正論者はカギ十字付きの制服を着ません。あたかも羊の皮を着た狼のように。そして、白人優越主義者はおしゃれなプレッピー風ファッションで、『白人のアイデンティティを祝福させてください』などといいます。これを私はエスノナショナリズムだと思い、危険に感じています。今後、白人優越主義者が行進するとき、彼らはわかりやすい旗など振らないでしょう」

『否定と肯定』は執筆中からすでに映画化のオファーがあったが、いよいよ現実のものとなった。リップシュタット役を演じたのはイギリス人実力派女優レイチェル・ワイズ。映画は、原作の詳細な記述が、よく生かされており、非常にリアルな作品となった。

『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い 』

2000年に実際に起こった法廷闘争の記録。「ナチスによる大量虐殺はなかった」と主張するイギリス人歴史家アーヴィングは、ユダヤ系アメリカ人歴史学者リップシュタットを名誉毀損で訴えた。真実をかけた法廷闘争、緊迫の1779日を描く。映画『否定と肯定』の原作本。>

 

『ワワワオ ワオ〜ンワン(お付き合い アリガト)』

 

 

 


気温が低くても、朝の光が眩しいのは嬉しいです。

これまで見たことが無かった鳥が来ています。

 

 

 

今年はイチイの実が豊作で、落ちた実をお母さんがセッセと拾いました。

Gは「ジャムにでも」と提案しましたが、却下されていました。

その残り僅かになった実を啄ばみに来ているのです。

 

 

 

警戒心が強いのか、サッと咥えて飲み込むと遠くの枝に戻ります。

ガラス越しにカメラで捉えるのも大変なようです。

動物写真って根気がいるのですね。Gには無理です。

 

 

 

<大感謝祭>の広告に誘われて出かけて、「半額以下のバーゲン?」でパンツを2本も買った人がいます。

『…アンタ履くんだから好きにすればいいワ!』とお母さん。

 

      

 

赤いパンツ3枚はどうですかネ?!

ガラパン?私も一緒に歩くんですか?!

『ワワワワワン ワ(考えちゃうわっ)』

お母さんが帯広までお悔やみに行くのに、冬道が不安でGを誘いました。

で、Gは美術館です。

 

 

 

「FACE/わたしとあなた アフリカン・マスクから舟越桂」展です。

 

 

 

上野山清貢の「自画像」、一木万寿三の「エレベーター」(1933年)。

 

  

 

         

 

栃内忠男、村元俊郎も懐かしい、そうです。

 

札幌芸術の森美術館蔵<橋本信夫・邦江コレクション>のアフリカン・マスク。

Gは「仮面」が好きなのね?!

 

 

 

ティー・ラウンジでカタログで確認。

 

 

 

舟越桂の3点も好かった、んだって。

『もう一度、来たい!』とG。

『 … 』とお母さん。

 

        

 

緑ヶ丘公園はGの子ども時代の遊び場だったようです。

 

 

 

豆柴くん(3歳と5歳)を見つけて、走り寄るお母さん。車まで来てくれました。

『ワン ワワ〜ンワン(あら、スマートね)』


予報通りの雪の中、「あしの会」のメンバーと阿寒温泉へでかけたGです。

 

 

 

”鶴雅”というホテルに下見方がた初入館です。

 

 

 

二人の作家の作品を見ることができたのはGにとっては良かったみたい。

工芸の技術の蓄積、民芸の魂(思想)のヒントがここにはありそうです。

 

 

 

夕食のバイキングはサポーターにお手伝いいただいたそうです。

 

アイヌの古老の話を、少し聞いたみたいです。

「北方領土四島なんて、アイヌからすればおかしな話で、(カムチャッカの)20以上の島々にアイヌの生活と歴史が刻まれています…」

『ワンワオ〜ン(その通り!)』

 

 

 

朝日の中の阿寒湖です。

 

      

 

朝食を食べて、相生の道の駅に寄ったらしい。

クマ焼き、今日は5種類の餡でお土産。ご馳走様でした。

 

 

 

障害者が宿泊する点ではクリアーしなければならない課題がありました。

ハード面もさることながら、組織運営と個々のコミュニケーションの質も問題のようです。

Gには「緩やかな運動体」であることの自覚が未熟なようです。

 

 

 

 

 

 

稚内や天塩のお友だちのブログを見ると、積雪の中を散歩しています。

三年前までは私も、寒がりなのに新雪には飛び込んでいました。

 

 

 

釧路の12月はまだこんな感じです。

柳町公園にGと行って来ました。S子さんに会いました。

私が飛びつくものだから、『あぁ、おやつなかったね、ゴメンね。』だって。

『ワオ〜ン ワワワン(気持ちだけで嬉しい)』

 

 

 

このところGは安野光雅のエッセーを読んでは笑っている。

<この前、かみさんに出ていかれて弱った男が、神様だか仏様に診てもらい、先祖の祟りを癒すため、とか言って法外な値段の器物を買わされた話がニュースになっていた。騙すほうもさすがだが騙されるほうも不用意である。科学的センスに問うまでもなく「離縁と先祖の祟りと器物」との間に何の関係もないことくらいわかりそうなものではないか。太宰治の『走れメロス』には「人を疑うことは悪徳だ」というようなくだりがあるが、馬鹿なことをいちゃあいけない、こういうことを疑うのは科学以前の、センスの問題で、美徳である。科学的センスは、学歴に関係なく、人間のタイプとして生来のものだと思っている。だから素人のわたしは神に騙されないし、科学的推論を小説のようにおもしろがることができる。>

他にも

<新宿駅の近くに大増という不動産屋がある。看板にいう。

 ダイマスノスマイダ

 一時、「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」というコマーシャルがあった。大原れい子が「ついでだから、裏から読んでも山本山とやればいいのに」と言う。わたしは気がつかなかった。>

などなど…です。